ナオが自らの死期を予言
どんな伝承か
日清・日露の戦争を予言した老予言者ナオは、自らの死期をも知っていたという。大正六年の暮れ、ナオは世話係の信者・梅田安子に「孫の直日が十七になる年に世を譲る」と告げていた。また王仁三郎も大正七年の正月に「教祖はんのおからだは今年じゅうや」と梅田に語ったという。その年の十一月六日、ナオは八十三歳で安らかに世を去る。それは不思議にも、ヨーロッパで実質的に戦火のやんだ日であった。王仁三郎はその夜、はじめてナオを訪ねた日々を思い返して泣き明かしたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎の霊界からの警告――発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相(武田崇元・武田崇元・大本研究・現代(著述))
武田崇元『出口王仁三郎の霊界からの警告―発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相』。大本の聖師・出口王仁三郎の生涯と予言を、霊界のプログラム(型)として読み解く。