本田が母に託した鎮魂石と石笛
どんな伝承か
本田親徳は死の一年ほど前、弟子の長沢雄楯に「十年後、丹波から一人の修行者が現れる。その者が来てからでないと惟神の道は広まらぬ」と予言していた。そして十年後の明治三十一年、丹波の王仁三郎が清水の月見里神社に長沢を訪ねて来た。長沢は先師の遺言と鎮魂帰神法の神威を語り、傍らでは八十歳になる長沢の母豊子が聞いていた。その夜、豊子は「本田先生から、十年後に丹波から来る者へ渡すよう預かっていた」として、箪笥から鎮魂石と石笛を取り出して王仁三郎に授け、『神伝秘書』などの写本も伝えたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎の霊界からの警告――発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相(武田崇元・武田崇元・大本研究・現代(著述))
武田崇元『出口王仁三郎の霊界からの警告―発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相』。大本の聖師・出口王仁三郎の生涯と予言を、霊界のプログラム(型)として読み解く。