阿佐名の僧の来ない葬儀
どんな伝承か
東祖谷山村の奥まった阿佐名では、家柄の小さな家に死人が出ても、葬儀の場へ僧が来ることはなかったという。僧が姿を見せるのは盆などの追善供養の折だけである。霊だけの葬送を営めたのが部落の中等以上の家に限られたと伝わるのも、寺が庶民の葬りに手をつけはじめた頃、僧の足を得られない家が多かったためではないかと著者は見る。冬は雪が深く、迎えの者はかんじきを履いて来られても住職はすぐには動けない。そうしたときは寺から紙片をもらって埋葬を先にすませ、後日都合のついた日に霊を中心とした葬式を営んだ。隣の那賀郡木頭村でも、僧は葬儀に出ず、四十九日や年忌の席で初めて引導を渡したという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊魂の行方(最上孝敬・最上孝敬・葬送民俗・昭和(民俗学))
民俗学者・最上孝敬『霊魂の行方』。日本各地の葬送習俗を実地調査し、死者の霊魂がどこへ行きどう処理されるかを論じた葬送民俗研究の集成。