親の恨みをいう子ダヌキ
どんな伝承か
三好郡東祖谷山村小島の関口源之助はタヌキとりの名人だったが、どうしても捕えられぬ古ダヌキがあった。東西祖谷の村境の栗寄に棲むので栗寄ダヌキと呼ばれた。西祖谷山村重末の義三が、噛むと口中で爆発する鳴り玉を持参し、二人で油揚げに仕込んで仕掛けたが、翌朝、油揚は五枚とも前日のまま何の異状もなく残っていた。恐れをなした義三は手を引いたが、源之助はあきらめず、佐野の奥のチコロ石という場所に捕獲器を仕掛けてついに仕留めた。しばらくして中村大右衛門の女房が病の床から起き上がり、源之助め、よくもおれのオヤジをだまして殺したなと叫んだという。
原典より
* 無実をうらむ五平ガラス(三好郡佐馬地村)* ヘビ責めにされた女中(海部郡日和佐町)* 水干姿の若者は大ジャ(美馬郡美馬町)* 足をなめる金色の小ヘビ(美馬郡美馬町)* 中津峰三十八社の白ヘビ(徳島…—— 阿波の怪談(横山春陽・郷土怪談・民俗・昭和(郷土採録/伝承は近世〜近代)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
阿波の怪談(横山春陽・郷土怪談・民俗・昭和(郷土採録/伝承は近世〜近代))
郷土民俗資料として、伝承の記録(肯定)と『そんなバカなことが』と否定する渡守の懐疑も取りこぼさず網羅した阿波怪談集。