児啼爺伝承者の葬儀と奇縁
どんな伝承か
二〇〇〇年五月、児啼爺伝説の地であるアザミ峠を探訪した取材班は、帰途、挨拶を兼ねて取材をさせてもらおうと、伝承者である平田五郎氏の宅に立ち寄ることにした。急勾配の段々畑を縫うように民家が点在する美しい集落を、多喜田氏の案内で散策がてら歩いて到着した平田家の沿道には、あろうことかお弔いの花輪が連なっていた。なんとその日、当の五郎氏の葬儀が営まれていたのである。あまりにも皮肉で、にわかに信じがたい偶然であった。「昨年秋、取材にうかがったときは、お元気そうだったのに」と、ショックで強張った面持ちの多喜田氏が無念そうに呟いた。五郎氏は児啼爺記念碑の建立を病没直前まで口にしていたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
妖怪伝説奇聞(東雅夫・1996年-2004年(取材期間に基づく推定))
魔王の木槌を求めて=稲生物怪録(妖怪伝説奇聞)/稲生平太郎の妖怪変化体験/一ツ目巨人・逆さ生首・化け蝦蟇/三次・比熊山の妖怪伝説/各地の妖怪奇聞