大鷹をからかふ狐
どんな伝承か
狐はいたずら好きである。明治より前のこと、著者の祖父が、蒼鷹という鷹のうちで最も大きなものを藩主から一羽預かって飼っていた。この蒼鷹は隼ほど敏捷ではないが、巨体で鶴や兎を掴み、時には狐にも搏ちかかる猛禽であった。祖父が秋の半ば過ぎ、雁や鴨など渡り鳥の多くなるころ、未明に腕に鷹を据えて野山へ出ると、山路のまだ暗いうちに、狐が鷹をせかそうとして近くへ来て、路傍の草木をガサガサと揺すぶる。鷹は怒って飛びかかろうとするが、足緒を握られて飛べない。狐はそれを面白がり、やたらに鷹をじらしてついて来たという。またある日は、庭続きの梨の木の下の鷹小屋が騒がしいので祖母が見ると、老狐が裏の竹藪から桑畑を経て来て、小屋の窓際に面を出してからかっていた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
動物界霊異誌(岡田建文・岡田建文・心霊研究・昭和初期(1927))
心霊研究家・岡田建文が昭和二年(一九二七)に著した『動物界霊異誌』。現代物理は宇宙の大物理の末梢に過ぎぬとの立場から、動物の霊異を迷信的虚妄として退けず証明すべき事例として収集する。蝦蟇(ヒキガエル)の章では、蛇を埋めてクリ茸を生やし食う怪(島根波根東村)、背に五寸釘を刺され口から怪光を吐く大蝦蟇(会津若松龍田屋、同時に幼児が高熱)、猫を灰色の液汁に溶かす怪(石見久利村)、慶応二年に浄土寺へ夜ごと現れた武士の正体が蝦蟇だった話を収める。