那覇から川崎へ贈られた石敢当
どんな伝承か
一九七〇年十月の『琉球新報』が伝えた話である。沖縄が台風の被害を受けたとき見舞ってくれた神奈川県の川崎市に、お礼として石敢当が贈られ、川崎駅の前に建てられた。それ以来、那覇と川崎は友好の間柄にあるという。川崎市は戦前から沖縄出身の人が多く暮らす土地で、沖縄の芸能が無形文化財にも指定されている。沖縄では石敢当は魔よけとされ、ユタや三世相の占いで建てられることが多いが、川崎では邪霊と対決する意味はなく、駅前の記念碑として幸運を招く福神のような存在として受け入れられたという。
原典より
川崎の駅の前には、石敢当が建てられ、それ以来、那覇と川崎は友好関係にあるという。—— 妖怪の民俗学――日本の見えない空間(宮田登・宮田登・民俗学・1985年(昭和60年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
妖怪の民俗学――日本の見えない空間(宮田登・宮田登・民俗学・1985年(昭和60年))
『妖怪の民俗学――日本の見えない空間』は、宮田登が一九八五年(昭和六十年)に著した、妖怪の現れる場所を論じた民俗学の書である。柳田国男と井上円了の妖怪論、幽霊と妖怪の違い、口裂け女と産女、皿屋敷、化物屋敷と下女、辻・橋・境の怪異、怪光と怪音、七不思議、通り悪魔と髪切りを、古文献や新聞記事、各地の伝承から読み解く。四章から成り、都市の空間に妖怪が現れる仕組みを軸に据える。