名古屋妖怪屋敷・消えた鶏と稲荷
どんな伝承か
河野中佐が公用で伊勢の津へ出張していたある夜、下女の部屋で狐狸よけに飼っていた鶏が、羽一本落とさずに姿を消した。不審に思った中佐が崇徳稲荷に伺いを立てると、巫女は、屋敷に三、四百年住む狐「春吉大明神」が祠を壊され祀られなくなったため再び祀ってほしくて怪異を起こしているのだと告げ、鶏は邸内の西南の隅に埋めてあると言った。実際に掘ってみるとその通り鶏が出てきたため、東北の隅に新たに祠を建てて祀ったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
妖怪の民俗学――日本の見えない空間(宮田登・宮田登・民俗学・昭和(現代民俗学))
民俗学者・宮田登が、妖怪を『日本の見えない空間』の問題として論じた現代民俗学の名著。Ⅰ妖怪のとらえ方では、柳田国男『妖怪談義』の妖怪論(妖怪は出る場所が決まり、零落した神)と、幽霊(都市の人間関係から相手を追って出る)との区別、昭和五十四年に流行した口裂け女(受験社会で母に叱られる子供の心意の投影、『喰わず女房』の鬼女の再来)と産女、島根県松江の雲州皿屋敷のお菊、明治の井上円了の妖怪学と真怪・仮怪の分類を扱う。