岩槻城天守台の神隠し
どんな伝承か
古い屋敷には入ってはならない明かずの間や入らずの間があり、その周りで怪異が起こった。大岡越前守の居城だったと記される武州岩槻城の天守台は、建物がなくなって石垣だけが残り、草が茂って通り抜けもできない場所になっていた。かつて天守のあった所へ人が近づくと、その人は行方知れずになってしまうと言われたため、誰も寄りつかず、草はますます生い茂った。建物が失われてもなおその場所で怪異が起こると考えられたことから、怪異は建物ではなく土地に結びついたものだと著者は見ている。
原典より
かつての天守台があったところに人が近づくと、その人は行方不明になってしまうというので、人々は近づかないから、草がいよいよ繁茂してしまっている。—— 妖怪の民俗学――日本の見えない空間(宮田登・宮田登・民俗学・1985年(昭和60年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
妖怪の民俗学――日本の見えない空間(宮田登・宮田登・民俗学・1985年(昭和60年))
『妖怪の民俗学――日本の見えない空間』は、宮田登が一九八五年(昭和六十年)に著した、妖怪の現れる場所を論じた民俗学の書である。柳田国男と井上円了の妖怪論、幽霊と妖怪の違い、口裂け女と産女、皿屋敷、化物屋敷と下女、辻・橋・境の怪異、怪光と怪音、七不思議、通り悪魔と髪切りを、古文献や新聞記事、各地の伝承から読み解く。四章から成り、都市の空間に妖怪が現れる仕組みを軸に据える。