与野の大カヤと金比羅天
どんな伝承か
長元年間、与野の鈴谷に一本のカヤが植えられ、鎌倉時代にはその傍らに禅宗の心浄寺が建って、カヤを神木とし金比羅天もまつった。応永十五年の春、法華経に心を寄せていた住僧の周如禅師が名月の夜に座禅していると、守護神の金比羅天が幻のように現れ、明日高僧が来るので厚く敬えと告げた。同じころ下総中山の法泉院の日英上人も、鈴谷の金比羅天を名乗る声から、この地で教えを広めよとのお告げを受けていた。上人はすぐ旅立って禅師を訪ね、二人は互いの霊感を語り合って数日法論を重ねた。禅師は上人の弟子となって日性と名を改め、寺も法華の道場である妙行寺に改めたという。カヤはその後国内屈指の大木に育った。
原典より
そして、ある名月の夜深く、一心に座禅していた周如禅師の前に守護神の金比羅天がまぼろしのごとく現われて、「明日高僧あり、厚く尊信せよ」とのお告げがありました。—— 与野市史 民俗編――伝説・昔話(与野市(編)・与野市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
与野市史 民俗編――伝説・昔話(与野市(編)・与野市史)
『与野市史 民俗編――伝説・昔話』は、与野市史の民俗編から「一〇 伝説・昔話」の章だけを収めたものである。武蔵国足立郡与野にまつわる伝説と昔話二十話を、疫神や弘法大師、源頼義の伝えから、お化け地蔵・一つ目大入道・天狗隠し・猫橋のいわれなどの怪異譚まで、おおむね時代順に並べる。十五話は岡安茂生編『与野の伝説』に、ほかは『埼玉県伝説集成』『大宮市史』に拠り、再調査して題名や内容を書き改め、多くの話の末に注を付す。