鮮血に染まった送り地蔵
どんな伝承か
与野に住む侍が中山道の大宮宿で酒に酔い、夜更けに上落合の雑木林へさしかかった。人家もない物騒な所で、後ろから誰かがついてくる気配と足音がするのに、振り返っても姿はない。首つりのあった最も気味の悪い辺りで足音がすぐ背後に迫ったため、侍は思わず刀を抜いて切りつけた。手ごたえはあったが何も見えず、侍は震えながら家へ逃げ帰った。翌朝その場所へ行くと一面が血に染まり、点々と続く血の跡をたどると小村田村の地蔵堂の前に至った。侍は、酔った自分を案じて地蔵が送ってくれていたのだと悟り、ひれ伏して詫びた。それから地蔵は「送り地蔵」と呼ばれ、多くの参拝者を集めたという。
原典より
その血の跡を丹念にたどって行きますと、小村田村の地蔵堂の前につきました。—— 与野市史 民俗編――伝説・昔話(与野市(編)・与野市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
与野市史 民俗編――伝説・昔話(与野市(編)・与野市史)
『与野市史 民俗編――伝説・昔話』は、与野市史の民俗編から「一〇 伝説・昔話」の章だけを収めたものである。武蔵国足立郡与野にまつわる伝説と昔話二十話を、疫神や弘法大師、源頼義の伝えから、お化け地蔵・一つ目大入道・天狗隠し・猫橋のいわれなどの怪異譚まで、おおむね時代順に並べる。十五話は岡安茂生編『与野の伝説』に、ほかは『埼玉県伝説集成』『大宮市史』に拠り、再調査して題名や内容を書き改め、多くの話の末に注を付す。