おしどり寺
どんな伝承か
江戸中期に新田が開かれる前、与野から浦和にかけて鴻沼という広い沼地があり、多くの水鳥が集まっていた。沼に近い大戸の亀在家に住む弓の名手の猟師が、夕方の帰り道におしどりのつがいを見つけて雌を射止めたが、沼が深くて獲物を取りに行けなかった。翌日その場所へ行くと、矢の刺さった雌のそばに雄が寄り添い、猟師が近づいても逃げなかった。数日後に通りかかると、雄は羽で雌を覆うようにして息絶えていた。夫婦の情に胸を打たれた猟師は殺生を悔いて猟をやめ、頭を剃って僧となり、おしどりを弔う寺を建てた。鴛鴦寺と名づけようとしたが字が難しいので、同じ音の円能寺としたという。
原典より
しかも、雄鳥は羽で雌鳥のからだをおおうようにしてこと切れていたのです。—— 与野市史 民俗編――伝説・昔話(与野市(編)・与野市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
与野市史 民俗編――伝説・昔話(与野市(編)・与野市史)
『与野市史 民俗編――伝説・昔話』は、与野市史の民俗編から「一〇 伝説・昔話」の章だけを収めたものである。武蔵国足立郡与野にまつわる伝説と昔話二十話を、疫神や弘法大師、源頼義の伝えから、お化け地蔵・一つ目大入道・天狗隠し・猫橋のいわれなどの怪異譚まで、おおむね時代順に並べる。十五話は岡安茂生編『与野の伝説』に、ほかは『埼玉県伝説集成』『大宮市史』に拠り、再調査して題名や内容を書き改め、多くの話の末に注を付す。