二度栗山と弘法大師
どんな伝承か
天長年間の秋の夕暮れ、墨染めの衣に杖をついた旅の僧が与野郷中里にたどり着き、道ばたの石で休んでいた。栗の木に登って実を落としていた子どもに一つ所望すると、子どもは両手いっぱいの栗を差し出し、袋があればもっとあげると言ってまた木に登った。喜んだ僧は、この栗が毎年二度実るよう経を唱えて祈り、自分は諸国をめぐる空海だと名乗って、この石に祈れば御利益があると言い残して去った。里人が後を追ったが姿はなく、以後その石を大師の形見として敬った。それから栗は年に二度実り、杖を立てた跡からは霊泉が湧いて「御加持水」と呼ばれ、難病も治ると評判になって遠方からも人が訪れたという。
原典より
それからは、不思議にも栗は一年に二度ずつ実を結び、大師が杖をお立てになった跡からは霊泉がこんこんと湧き出るようになりました。—— 与野市史 民俗編――伝説・昔話(与野市(編)・与野市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
与野市史 民俗編――伝説・昔話(与野市(編)・与野市史)
『与野市史 民俗編――伝説・昔話』は、与野市史の民俗編から「一〇 伝説・昔話」の章だけを収めたものである。武蔵国足立郡与野にまつわる伝説と昔話二十話を、疫神や弘法大師、源頼義の伝えから、お化け地蔵・一つ目大入道・天狗隠し・猫橋のいわれなどの怪異譚まで、おおむね時代順に並べる。十五話は岡安茂生編『与野の伝説』に、ほかは『埼玉県伝説集成』『大宮市史』に拠り、再調査して題名や内容を書き改め、多くの話の末に注を付す。