菊と桐の紋を許された峰の御成道
どんな伝承か
大柳生の東、一台山の峰づたいに一筋の道が通っている。大平尾町から沓掛・大野・中之庄・長谷を経て山田へ入り、吉野へ抜ける道で、峰には役行者の像が祀られている。笠置が落ちたのち、後醍醐天皇はこの道を辿って吉野へ向かわれたと伝えられ、長谷町の藤村家で休息をとられた。その礼として、同家は建物に菊と桐の紋を用いることを許されたという。今も長押や釘隠しにその紋が残っている。
原典より
大柳生の東方、一台山の峯づたいに一筋の道がある。—— 奈良市史 民俗編――伝説(奈良市(編)・奈良市史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奈良市史 民俗編――伝説(奈良市(編)・奈良市史・自治体史(民俗))
『奈良市史 民俗編』第十一章所収の伝説。奈良県奈良市に伝わる木・石・塚・水・山・森・社寺・人物・動植物・町名の伝説を昭和三十七年からの探訪で集成する。