久松留守の貼札
どんな伝承か
大正七年、大阪で流行した流行性感冒には「お染風」という異名がつけられた。歌舞伎の「お染久松」にちなみ、恋人の久松が留守の家なら用がなく入ってこないだろうと考えた大阪市内の頭の良い男が、「久松留守」と書いた貼札を家の入り口に掲げ、疫病よけとしたという。同じような語呂合わせによる魔よけの風習は各地に見られ、伝染病の神とされる存在に家の名を知らせて難を逃れようとする話が、東北や関東などにも伝わっている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代の迷信(今野圓輔・今野圓輔・民俗学・昭和(高度成長期))
民俗学者・今野圓輔が高度成長期の日本に残る迷信を社会派ルポとして告発・分析した一冊。序章では、静岡県掛川市で異性双生児を畜生腹と恥じた母親の母子心中事件、青森県三本木市でキツネ落としと称して女を火あぶりにした殺人事件など、迷信が現代も殺人・心中を生む『黒い習俗』を突きつける。