泉大津の緋襦袢重ね着踊り
どんな伝承か
和泉地方の泉大津では、慶応三年十一月十八日に太神宮剣先のお札が降って踊りが始まり、続いて春日大明神・稲荷大明神・伊太喜會なども降り、それぞれ三日間の祭りが行われた。参詣人には神酒や握り飯が振る舞われ、人々は緋ちりめんや緋羅紗の襦袢を二、三枚も重ね着して「エジャナイカ」と囃しながら踊った。この騒ぎは十一月・十二月と続き、年を越して鳥羽伏見戦争の報が伝わるまでやまなかったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔・1970年代~1980年代(推定))
本書は幕末維新期の慶応3~4年(1867~1868年)に東海地方から四国地方にかけて流行した「ええじゃないか」という民衆運動を詳細に記録した研究書である。神社仏閣の札が降下する「お札降り」現象を契機として、老若男女が「ええじゃないか」と囃しながら踊り狂い、祝宴を催す集団心理現象が急速に波及した。