狭山町の伊勢神宮降り
どんな伝承か
和泉地方と境を接する河内狭山町では、慶応三年十一月十日に伊勢皇太神宮のお札が降ったと『狭山町史』第一巻に記録されている。同じ頃、周辺の泉大津でも太神宮剣先や春日大明神・稲荷大明神などが相次いで降り、それぞれ三日間の祭りが催されるなど、和泉一帯で降札と祝宴が波状的に広がっていった時期にあたる出来事である。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔・1970年代~1980年代(推定))
本書は幕末維新期の慶応3~4年(1867~1868年)に東海地方から四国地方にかけて流行した「ええじゃないか」という民衆運動を詳細に記録した研究書である。神社仏閣の札が降下する「お札降り」現象を契機として、老若男女が「ええじゃないか」と囃しながら踊り狂い、祝宴を催す集団心理現象が急速に波及した。