天美村の赤襦袢乱舞回想
どんな伝承か
大坂の「ええじゃないか」では赤襦袢を着て踊るという記事が多く、しかも南方ほど多い。中河内郡天美村については、踊りに加わった老女の回想談が伝わっている。老女は「村の連中は赤の襦袢を着て男女が肩を組み踊った。私も赤襦袢で踊った」と語ったという。こうした赤の装いは、当時の踊りに広がっていた解放感にいっそう拍車をかけていたとされる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔・1970年代~1980年代(推定))
本書は幕末維新期の慶応3~4年(1867~1868年)に東海地方から四国地方にかけて流行した「ええじゃないか」という民衆運動を詳細に記録した研究書である。神社仏閣の札が降下する「お札降り」現象を契機として、老若男女が「ええじゃないか」と囃しながら踊り狂い、祝宴を催す集団心理現象が急速に波及した。