草津宿の侍と群衆の踊り
どんな伝承か
東海道と中山道の合流点にあたる草津宿では、月日は不詳ながら皇太神宮の降下があった。折しも侍三十六人組が宿屋に泊まっていたところ、群衆が「ゑじゃないか」と唱えて大踊りをしながらその宿屋へ押し寄せてきた。侍たちは怒って刀を抜いたものの、振り下ろすことはできず、けっきょくは群衆とともに自分たちも踊りだすことになったという。この一件は内宮領中村の堀口芳兵衛が書き留めた「慶応伊勢御影見聞諸国不思議之扣」に見える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔・1970年代~1980年代(推定))
本書は幕末維新期の慶応3~4年(1867~1868年)に東海地方から四国地方にかけて流行した「ええじゃないか」という民衆運動を詳細に記録した研究書である。神社仏閣の札が降下する「お札降り」現象を契機として、老若男女が「ええじゃないか」と囃しながら踊り狂い、祝宴を催す集団心理現象が急速に波及した。