IX この父にしてこの子あり
どんな伝承か
井上正鉄は、上州館林藩士安藤真鉄の次男として、寛政二年九月、江戸日本橋浜町に生まれた。井上は養家の姓である。父真鉄は国学を賀茂真淵に学び、あわせて医学を修め、神道・儒教・仏教の三道にも通じた学識者であった。真鉄は貧者や病者を救おうとする大願を抱き、日夜思い悩むうちに病を得たという。幼い正鉄は、夜な夜な父を訪ねる学友たちが世を救う道を論じ合う声を聞きながら育ち、その感化で幼少より学を好み、世を救う志を抱くようになった。真鉄は晩年、惟神の大道を究めたと確信しながらも、七十五歳の高齢のため伝道の力尽きぬまま、文政十年七月に没したという。
原典より
井上正鉄は上州館林の藩士安藤真鉄(市郎左衛門)の第二子として、寛政二年(一七九〇)九月、江戸日本橋浜町に生まれた。—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・昭和) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・昭和)