弘法大師の念写実験
どんな伝承か
船形屋敷の霊覚は秘すべきでないとされ、昭和五年三月十六日、嵯峨町長の筒井正克らの主催で、嵯峨公会堂に約四百人を集めた講演会が開かれた。題は大覚寺の心経殿と決まり、町長が持つ一ダースの乾板の六枚目に写すことになったが、福来友吉は大師の姿が現れるのではと予言した。三田光一は午後三時二十五分ごろ、十五秒ほどの統一で終えた。町の写真館で現像すると六枚目には何も無く、七枚目だけが真っ黒だった。写真師の浜豊彦が減力すると四十九歳の大師の姿が浮かび上がり、聴衆は南無大師遍照金剛と唱えたという。
原典より
七枚目の乾板は全面眞真黒に感光して居た。—— 心霊と神秘世界(福来友吉・1932年(昭和7年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊と神秘世界(福来友吉・1932年(昭和7年))
『心霊と神秘世界』は、文学博士福来友吉が著し、昭和七年に人文書院から発行された心霊研究と仏教思想の書である。御船千鶴子・長尾夫人・三田光一らの透視と念写をはじめ、霊の幻化、念動、物質化など国内外の心霊現象を実験記録とともに論じ、後半では自我・神秘世界・霊と生命を真言密教や華厳の教えによって説く。全五編からなり、この本文は昭和五十七年に心交社が出した復刻版で、梅原正紀・井村宏次らの「解説研究編」を付している。