姉妹の千里眼
どんな伝承か
明治四十三年の大阪朝日が報じた話。三河国額田郡岡崎町字連尺に住む松浦勉三郎の娘、姉の菊子と妹の梅子は、法華宗の研究者である同町の伊藤小文司の弟子となっていた。御船千鶴子の評判を聞き、自分たちの修養した神眼通を使えばできないことはないと考えて透視の実験を始めた。記者が訪ねた十六日の午後一時、伊藤氏の奥座敷で第一回の実験が行われた。時計・銀縁眼鏡・象牙の箸と記者の財布を入れた箱を膝に置き、目を閉じて無念無想に入ること五分ほど。白い象牙の箸、巻煙草のような白いもの、茶色の丸いものと答えたが、蓋を開けると箸のほかは的中しなかった。
原典より
* 千里眼の理論と實際* 催眠術と千里眼の關係* 悟性・覺性* 千里眼の修養* 千里眼と無念無想* 神通力、天眼通* 千里眼は小供でも出来る—— 千里眼獨習(神秘術研究會・明治後期(1900年代)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
千里眼獨習(神秘術研究會・明治後期(1900年代))
本書『千里眼獨習』は神秘術研究會による千里眼の理論と実践に関する専門書である。フランス・スウェーデン・アメリカの古典的事例から、明治期の日本における御船千鶴子や岡崎の姉妹による実験事例まで、多数の透視現象を記録。千里眼は催眠術と深呼吸による精神統一から生じる心的作用であり、人間に備わる悟性と覺性の向上により、肉眼に頼らない心眼による遠隔透視が可能になると主張する。