下久堅・秋葉大黒天の御下り
どんな伝承か
信濃国下伊那地方の下久堅には、「慶応三卯ノ十一月朔日 秋葉山大権現 大黒天御下リニ付祝儀覚」と題する記録が伝わる。副題は「二夜三日御祭礼諸色」で、十一月一日と二日に行われた祭礼の覚え書きである。そこには付近の人々が祝儀として持参した煮しめなどの品々と金銭、それに祭礼のために買い入れた蝋燭などが書き上げられている。平沢清人が紹介した史料で、御札降りにともなう二夜三日の祭礼が信濃にも及んでいたことを示すものである。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか始まる(田村貞雄・現代(歴史研究))
歴史学者・田村貞雄による、1867年(慶応3)の民衆運動『ええじゃないか』の起源を三河地方の御札降りから検証した歴史研究『ええじゃないか始まる』。伊勢神宮などの御札(御祓)が空から降る『御札降り』を発端とするこの運動の最初期を、従来説より早い7月中旬の牟呂村(豊橋)に特定。神職の記録『留記』を分析し、慶応3年7月14日大西村での御札降り、子と妻の死、宮司森田光尋による『二夜三日正月』の決定と開始、各地への祭礼の波及を辿る。