幽霊が裁く
どんな伝承か
昭和十二年二月、前科者の東は大阪・新世界のジャンジャン街の飲み屋で安本と口論になり、近くの工事場の土手で角材で殴り殺して堤の下へ落とした。検視では酔って転落し凍死したものとされ、罪は露見しなかった。ところが別の罪で服役した東は、毎夜血まみれの安本の顔に迫られてうなされ続けた。出所後も銭湯や居酒屋で寒気に襲われ、女将からは見えない連れがいたと言われ、兄にも影が薄いと指摘された。東京へ逃げた東は本富士署の留置場でもうなされ、刑事に諭されて安本殺しを自白すると、その晩から幽霊は出なくなったという。予審の記録を読んだ検事の堀忠嗣は、人間の良心のありかを見た思いだったと記している。
原典より
そして、被害者の亡霊の仮借なき裁きによつて、一切の罪を懺悔し尽し、長い間の悩みを拭い去り、安らかに眠り得る人間になることが出来た東被告に対して、心から祝福せざるを得なかったのである。—— 幽霊が裁く(堀忠嗣・法曹) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽霊が裁く(堀忠嗣・法曹)
『幽霊が裁く』は、名古屋高検検事長の堀忠嗣が書いた随筆である。東京地検の刑事部長だった昭和十七年八月に読んだ予審記録をもとに、昭和十二年に大阪の新世界で口論の相手を殴り殺し、過失の凍死として片付けられた前科者が、刑務所で毎夜その亡霊に悩まされ、出所後も取り憑かれた末に、本富士警察署で自白した晩から幽霊が出なくなったいきさつを記す。予審調書の問答を引いて結び、良心の呵責と亡霊の裁きについての感想を添える。