吾れながら空恐ろしい話
どんな伝承か
勢見の金比羅宮に参詣するつもりで岩脇のあたりまで来ると、五人のうち一人が草鞋に慣れず、指の股を真赤に擦りむいていた。そこへ往来から半丁ばかり入り込んだ山裾の大家で踊っているのが見えたので、五人は門前から踊り出し、門を潜った。足の痛い者が提げていた草鞋を座敷へ投げ上げると、座敷の連中は御降りだと狂喜して床の間に供えた。五人も土足のまま座敷に上がって踊ったが、襖を開けて出て来た主人はかえって礼を述べ、女中に本膳を運ばせたので、五人は空恐ろしい気がしたという。
原典より
勢見の金比羅宮を參詣するつもりで、岩脇へんまで來ると、五人の中の一人が顔を顰め始めた。—— 阿波えゝぢやないか(山口吉一・民俗・幕末世相史・昭和(対象は幕末)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
阿波えゝぢやないか(山口吉一・民俗・幕末世相史・昭和(対象は幕末))
概観篇では御降り(御札降り)に関する騒擾、伊勢神宮への御蔭参り・抜参りを慶安・宝永・明和・文政・慶應と時代別にたどり、慶應のええじゃないか、阿波のええじゃないかへと展開。幕末阿波(徳島)の御札降り・群集乱舞・世直し的民衆運動を、各事例の冒頭に【日付】【場所】【人物】【状況】マーカー付きで網羅した民俗・世相史。