奥女中が産んだ三匹の狸の子
どんな伝承か
今の千代田区外神田五丁目のあたりは、江戸のころ小倉十五万石、小笠原左京太夫の中屋敷があった所である。寛政七年ごろ、この屋敷に仕えるウノという器量のよい奥女中が、荷物もそのままに姿を消した。三か月ほど経って戻ってきたが、真夏なのに袷を着たままで顔も背も蜘蛛の巣だらけ、手洗鉢の水を飲もうとするなど様子がおかしい。きれいな男に誘われて行った先に美しい男が三人いて、代わる代わる過ごしたと語るばかりだった。実家へ帰されて養生するうちに腹が大きくなり、やがて狸の子を三匹産んで、まもなく子も本人も死んだという。
原典より
お茶の水/仙台萩の真相おいてけ堀と浅草鳥越かつての鳥越辺/江戸時代の賤民猫に関する民話猫の恩がえしと小判の歴史日本の貨幣史猫の報恩と豪徳寺豪徳寺と吉良家・井伊家左招きの猫の起源と吉原の沿革—— 江戸動物民話物語(窪田明治・江戸時代~明治時代の民話を記録した著作(推定20世紀初頭)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
江戸動物民話物語(窪田明治・江戸時代~明治時代の民話を記録した著作(推定20世紀初頭))