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江古田が原沼袋の合戦と平右衛門の最期

所在地東京都中野区江古田三丁目(江古田が原沼袋古戦場)
年代文明九年四月十四日
登場太田道灌、千葉自胤、円城寺直純、上杉朝昌、道灌方の武将
出典城西風土記と昔語り

どんな伝承か

文明九年四月、浅茅が原で一族の豊島彦五郎が討たれたことを無念に思った豊島平右衛門尉重行は、平塚に城を構えた。太田道灌が城外に火を放って引き上げると、平右衛門は兄の勘解由左衛門尉重広に加勢を頼み、石神井・練馬の兵に板橋・赤塚の一族も加わって出陣した。道灌は上杉朝昌と千葉自胤を従えて江古田の原沼袋へ向かい、翌十四日の明け方に合戦となる。平右衛門は太刀を振るって十七人を討ち落としたが、千葉の郎党円城寺直純の矢を胸に受けて討たれ、豊島勢は崩れた。著者はこの古戦場を、江古田三丁目の第七中学校付近を中心とした一帯と見ている。

原典より

太田入道之を聞て、上杉刑部小輔朝昌、千葉介自胤を左右に従へ、同郡江古田の原沼袋と云ふ処へ馳せ向ふ、其勢千騎には足らざりけり。—— 城西風土記と昔語り(熊沢宗一・1959年(昭和34年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

城西風土記と昔語り(熊沢宗一・1959年(昭和34年))

『城西風土記と昔語り』は、東京中野の江古田に住んだ熊沢宗一が昭和三十四年に著し、自ら発行した郷土誌である。中野長者と淀橋の伝説、御犬小屋や桃園の旧跡、新井薬師、江古田の獅子舞、内藤新宿や高田馬場の昔語りなど、中野と近在の伝説・旧跡・寺社を、古文書や碑文、琵琶歌も交えて記す。全二十章の後半には著者の百姓時代や終戦直後の食糧事情、台風の被害、日露戦争の軍隊日誌を収め、巻末に著者略歴を付す。

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