わかれ橋
どんな伝承か
尼崎の笈内町に、わかれ橋と呼ばれる橋がある。文治年中、源義経が西国へ下向したとき、静御前をこの地に残したまま渡海を決したので、別れの橋というようになったと伝わる。『摂陽群談』巻七に見える話で、駒返し橋・駒止橋・別の橋など、諸国の橋の名の由来を語る口碑の一つとして書き留められている。
原典より
文治年中、義経が西國下向のとき、静御前をここに残して渡海を決したので、別れの橋といふやうになつた。—— 日本伝説名彙(柳田国男・日本放送協会・昭和25年刊) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説名彙(柳田国男・日本放送協会・昭和25年刊)
柳田国男・日本放送協会編『日本伝説名彙』を全650話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。