常信庵の接待石と梅唇尼のミイラ
どんな伝承か
奥州の藤原氏を頼って落ちてゆく義経を、家臣の佐藤継信・忠信の兄弟が米沢に迎えてもてなしたと伝え、その折の接待石が常信庵に残されている。兄弟は佐藤元治の弟正信の子で、八木橋の生まれだといわれ、屋島で兄が義経の名を騙って討たれ、弟は吉野に隠れたのち都で自害したと語られる。庵の北にある佐藤清水は佐氏泉とも呼ばれ、兄弟の産湯を使った盥があったという。ここに祀る弁財天は金の神で、三度めぐれば姿を見せるとも伝わる。兄弟の母梅唇尼は明治二十四年にミイラとなって掘り出され、常信庵に祀られているとされる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
米沢市史 民俗編――伝説(米沢市(編)・米沢市史・自治体史(民俗))
『米沢市史 民俗編』第八章口承文芸所収の伝説。山形県米沢市に伝わる鳥獣草木・山川湖沼・地蔵社寺の伝説を採録する。