牡牛飼わず
どんな伝承か
本村では牡牛を飼わず牝牛だけを飼う。仔牛が生まれて牡であれば他所へ売り、飼わない。昔、一ノ谷合戦の折に源義経が火牛の術のため山田郷の牡牛をことごとく徴発し、その角に松明を結んで敵陣へ追い放った。それ以来、村民は牡牛を飼わないという古伝がある。また鵯越は藍那村から神戸市へ通じる道路として人畜の往来が多かったが、二、三十年前までは敦盛の命日である旧暦二月七日には牛の通行を忌み、連れて行く者がなかった。もし牛を通せば必ず災禍に遭うと言い合ったという。
原典より
〈高木―「二股竹」〉本村には牡牛を飼養せず、牝牛のみを飼養す。—— 日本伝説大系 第8巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第8巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第8巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全133話(滋賀・京都・兵庫=近畿)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。