後鳥羽院が楽音寺へ行幸の時に御車を乗り捨てた所で
どんな伝承か
京都府船井郡吉富村八木島の「おいど」という田圃の中に車塚と呼ばれる塚があった(現在は取り壊されて存在しない)。後鳥羽院が東本梅村大内の楽音寺へ行幸した際、この地で御車を乗り捨てられたといい、後に里人がその御車を埋めて塚とし崇敬して、付近を通行しなかったと伝わる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説名彙(柳田国男・日本放送協会・昭和25年刊)
柳田国男・日本放送協会編『日本伝説名彙』を全650話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。