将門の子が入京との流言で捜索騒ぎ
どんな伝承か
獄門にかけられた将門の荒々しい奮戦ぶりは、都の上下を驚愕させ、その強悪な死者の魂を恐れずにいることは、宮廷貴族たちにもできなかった。菅原道真の怨霊におびえて鎮魂を繰り返した彼らである。事実、将門の首がさらされてしばらくののち、その息男が入京したという流言が飛び、検非違使までが出て探索せねばならなかったという記録が残る。将門の息男の入京を一笑に付しがたかったほど、討たれた将門への恐怖感は強かったのである。天慶十年の供養願文にも、賊徒の哀れな死を弔うだけでなく、亡魂を鎮めてみずからの安静を願う気持ちがうかがえる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
将門伝説——民衆の心に生きる英雄(梶原正昭・矢代和夫・(平将門伝説の研究書))
梶原正昭・矢代和夫『将門伝説——民衆の心に生きる英雄』を、論考の節単位で全67事例として収録した研究書(地域伝説集ではない)。平安中期の平将門(承平天慶の乱)をめぐる伝説を、英雄の死と伝説の誕生(冥界・調伏・怨霊・首の怪異・七人の影武者・妙見信仰・石化)、落人たちの運命(将軍太郎良門・如蔵尼の堕地獄と救済・滝夜叉姫・桔梗塚の寵妃・後裔と将門遺跡)、将門伝説の展開(馬の文化・関東一円の分布圏・文芸化・首塚の祟りと再評価)として論じる。