鎌倉谷の落人
どんな伝承か
頼朝ゆかりの若君が戦のときに落人となり、菅山寺に辿り着いて鯉の料理をふるまわれ、元気づいてオッタニの鎌倉という所へ落ちのびて来て、長く住んだという。その時、又八郎という人が鎌倉壁に字を現して若君に教えた。しかし若君はそこで病気になって死に、「わしは八幡様のお守りを肌身離さず持っているのだから、これを地に祀ってくれ」と言い残した。その守りを祀ったのが、この八幡のもとだという。
原典より
〈柳田―「隠谷」〉頼朝の何か、若君を連れて戦争の時に落人になって来たんやろ。—— 日本伝説大系 第8巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第8巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第8巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全133話(滋賀・京都・兵庫=近畿)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。