門松をたてない家
どんな伝承か
稲子の井出一族は門松を立てず、台所の土間のすみへ一まとめにして飾る。またお正月のもちをつかない。昔、平賀源心が海の口城を武田信玄に攻められ、年の暮れに討ち死にした。源心の家来であった井出の一族には、門松を立てたりもちをついたりする暇はなかった。それで今でもその時のとおりにしているのである。また、先祖の当時のことを思えば、もちをつき門松を飾って派手に正月を祝うことはできないからだともいう。ある家ではお年取りの晩、縁側へみのとかさを置く。先祖が落人になって来た時をしのぶのだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
南佐久郡誌 民俗編――伝説・世間話(南佐久郡(編)・南佐久郡誌・自治体史(民俗))
『南佐久郡誌 民俗編』第十三章所収の伝説・世間話。長野県南佐久郡に伝わる口承を採録する。