弓削と知井の名を残す満野三郎の鹿退治
どんな伝承か
大和の香野三兄弟のうち三郎は、母のために鹿を獲ったのち、氏を満野と改めて猟師になった。王城の乾にあたる丹波に八岐頭の巨鹿が現れて被害が続いたため、満野三郎は天皇の命を受け、一族を率いて丹波へ下る。まず大弓を削った土地が今の弓削村だという。進んでいくと十六本の角を振り立てた大鹿が待ち構えており、三郎は矢を射込み、大鎌で斬り殺した。流れた血が溜まった場所が今の知井村である。さらに歩を進めて須那木、今の砂木に落ち着き、狩りを生業として狩具庫を建てた。それが砂木狩蔵山地蔵堂だと伝わる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第8巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第8巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全133話(滋賀・京都・兵庫=近畿)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。