原の仏御前
どんな伝承か
仏御前は五重塔の塔守白河兵太夫の娘に生まれ、十四で都に上って白拍子となり、清盛の寵愛を受けた。十七で出家し、祇王・祇女の住む嵯峨野の庵室に身を寄せたという。晩年には諸説があり、安元二年の春、故郷原村への帰途、白山麓の木滑の里で清盛の子を産んだがその子は死に、供養ののち原村に帰って治承四年八月十八日、二十一歳で世を去ったと伝える。一方、村人の情けで茶店を営んだところ繁盛し、美貌を慕う男衆に嫉妬した村の女たちが共謀して殺したともいう。身重であった祟りか、村の女が昼に産をすると必ず大風が吹き、以来、産室を暗くする慣わしになった。この風を仏御前の原風、俗に原のボンボン風という。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第6巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第6巻』所収の「文化叙事伝説」全44話(福井・富山・石川=北陸)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。