八百比丘尼
どんな伝承か
輪島市縄又町に伝わる。別所谷の神明の小万淵の岩窟には貉が住み、村人と親しく、頼母子をはじめた。縄又の谷左衛門も誘われて加わり、岩窟の座敷で膳のもてなしを受けたが、宴のさなかに台所をのぞいた者が、まな板の上で笑っている人魚のようなものを見て「食うな」とみなに伝えた。貉は「この一品だけは帰りに川へ流してくれ」といったが、谷左衛門だけは捨てずに家へ持ち帰り、梯子に吊るしておいた。十八歳の娘がそれを下ろして食べてしまう。娘は百歳になると食べた時の十八に戻り、いつまでも死ななかった。やがて尼になったので村人は白比丘尼と呼んだ。各地で木を植えて歩き、のち若狭(今の福井県小浜)へ行って八百年以上生きたので八百比丘尼とも呼ばれた。洞穴に入るとき入口に白い椿を植え、枯れたら死んだと思ってくれと言い残したという。
原典より
<柳田——「比丘尼谷」>昔、ペション谷(別所谷)のシンメ(神明)の小万淵には、大きな岩があって、その岩蔭に大きな洞穴があったと。—— 日本伝説大系 第6巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第6巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第6巻』所収の「文化叙事伝説」全44話(福井・富山・石川=北陸)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。