弘法の吼木山びらき
どんな伝承か
弘法大師が、能登の黒峰を本山の第一候補にあげて調べに来た。大師は七反七畝なければ適地ではないといわれたが、ここは七反六畝で一畝足りなかった。そのため本山は高野山になったといわれる。大師がここへ来たとき、五鈷・独鈷・三鈷を投げたところ、宝立の法厳寺に五鈷か独鈷が引っかかったという。吼木山びらきの類話として、輪島市町野町寺山に伝わり、『輪島の民話』第一集に載る。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第6巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第6巻』所収の「文化叙事伝説」全44話(福井・富山・石川=北陸)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。