有頼の立山びらき
どんな伝承か
大宝元年、佐伯有若の子・有頼は、父の白羽の鷹を借りて鷹狩りをしていたところ、鷹に逃げられてしまった。追いかけるうちに熊に襲われ、弓矢で射止めて血の跡をたどると、熊は岩穴へ逃げ込んでいた。有頼が岩穴に踏み込むと、そこには光り輝く阿弥陀如来が立っており、胸には自分が放った矢が刺さって血を流していた。如来は、鷹は剣岳の刀尾天神、熊は自分自身の化身であり、この世の人々を救うため立山に十界を現して有頼の来訪を待っていたのだと告げた。有頼は感激し出家して慈興と名乗り、立山を開山したという。
原典より
<高木——「筑波山」>大宝元年のこと、文武天皇の夢に阿弥陀如来が現われて「大納言佐伯有若を越中国守にしたら、必ず国がよく治まるであろう」というお告げであった。—— 日本伝説大系 第6巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第6巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第6巻』所収の「文化叙事伝説」全44話(福井・富山・石川=北陸)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。