立山地獄道に舞う生霊の蝶
どんな伝承か
『和漢三才図会』の巻六十八によると、立山の地獄道には追分地蔵堂という堂があり、毎年七月十五日の夜になると数多くの蝶が出てきて、そのあたりの原を舞い遊ぶという。人々はこの蝶を生霊が姿を変えたものと呼んでいた。南方熊楠もこの記事について、蝶を生霊の化身とする意味だろうと述べている。体から抜け出した霊魂が蝶の姿をとるという考えを示す、日本の例の一つである。
原典より
毎歳、七月十五日の夜、胡蝶あまた出でて遊び、この原に舞ふ。—— 霊魂の博物誌――原始生命観の体系(碓井益雄・碓井益雄・民俗学・1982年(昭和57年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊魂の博物誌――原始生命観の体系(碓井益雄・碓井益雄・民俗学・1982年(昭和57年))
『霊魂の博物誌――原始生命観の体系』は、動物発生学を専攻した碓井益雄が著し、昭和五十七年に河出書房新社から刊行した書である。原始・古代の人々が霊魂をどう考えたかを、日本と諸外国の神話・民俗・古典・言葉の資料から説き、気息や人魂、風や雲、鳥や昆虫、幽霊や影として現れる霊魂の姿と、内臓・心・感覚器官に宿るとされた霊の座を論じ、屎尿や屁、名前と言霊にも章や節を割く。序章と全九章からなり、各章末に参照文献の注を付す。