四月十八日に重なる聖地と空襲
どんな伝承か
著者は、大本が受けた弾圧が後の国家の運命を先取りしていたと説く。第二次弾圧は昭和十年十二月八日未明の急襲で、ちょうど六年後の同じ日に太平洋戦争が始まった。昭和十一年四月十八日には、綾部と亀岡にある大本の聖地が国に取り上げられて両町の所管に移り、本部も全国の施設も破壊し尽くされている。その六年後、昭和十七年四月十八日にアメリカ陸軍機十六機が飛来し、東京や名古屋、神戸が初めて空襲を受けた。以後、日本の主要な建造物は焼き尽くされてゆく。著者はこの重なりを型と呼ぶ。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言・現代(評論)/明治〜昭和(対象))
加藤正民が「天下の浪士」の立場から、出口王仁三郎(1871-1948)を心霊的視座で描く評論。明治25年の出口ナオの神がかり(艮の金神・三千世界一度に開く梅の花)、水行の奇蹟、無筆のナオの自動書記、日清・日露戦争予言の具体的中を起点に、国祖隠退の大本神話と、ナオ(A)と王仁三郎(B)に具現した二大霊流・「火水の戦い」を論じる。