食糧窮乏の予言的実演
どんな伝承か
大本の信徒たちは「世の立替えが来る、食べることのできぬ世が来る」との筆さきを信じ、その「型」を身をもって演じた。役員は蓑笠に木綿着物で弥仙山や元伊勢、大江山と諸方の神々を巡拝し、山では樫の実を拾い、タンポポやりょうぶ、嫁菜、せりなど食べられる草を一切合切集めて豆の葉の雑炊をすすった。一軒に七家族が住み、日本米の飯はめったに口に入らなかった。役場の人は「金神さんの人はみな狂人になった、道の草まで食べるのか」と嘲ったが、その窮乏はのちの太平洋戦争末期の食糧難として現実になったと、著者は予言の実演と見ている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言・現代(評論)/明治〜昭和(対象))
加藤正民が「天下の浪士」の立場から、出口王仁三郎(1871-1948)を心霊的視座で描く評論。明治25年の出口ナオの神がかり(艮の金神・三千世界一度に開く梅の花)、水行の奇蹟、無筆のナオの自動書記、日清・日露戦争予言の具体的中を起点に、国祖隠退の大本神話と、ナオ(A)と王仁三郎(B)に具現した二大霊流・「火水の戦い」を論じる。