座頭と大蛇(峠の由来)
どんな伝承か
座頭が琵琶を背負い、山中の峠で宿もないまま夜を明かそうと琵琶を弾いていると、聞き耳を立てる者があり、一曲また一曲を所望された。夜明け近く、その主は厚く礼を述べ、自分はこの山の主なる大蛇であり七日のうちに麓の里を湖にする企てがあると明かし、他言を固く禁じて去った。座頭は里人何百人の命を思い、我が身を捨てる覚悟で人々にこれを密告した。村人たちは山中に大釘を打ち込んでその大蛇を殺し、里は難を逃れたが、座頭自身は大蛇の怨みに悶え苦しんで落命したという。羽前米沢から越後村上へ越える峠では、この座頭を祭った三味線堂の由来として伝えられ、その時から峠は座頭峠(蛇骨峠)と呼ばれるようになったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
民俗怪異篇(磯清・磯清・民俗怪異・昭和初期)
磯清『民俗怪異篇』。馬・城・猫・灯の占・狼・落語の怪談という主題ごとに、各地の怪異伝承を随筆風に集成する。馬の怪では、馬を悩ます馬魔(ギバ)とその禁厭、大津馬神社と魔女の素性、古戦場・城趾に出る首切れ馬と濁ヶ淵の主、袖ヶ瀧山の夜行さん(左片袖の姫)、鈴鹿の坂で物言った馬の人語(寛政年中)、馬と恋の執着、徳川家が白馬を禁物とした話。