覚鑁の身代りに血を流した不動
どんな伝承か
新義真言宗の開祖・興教大師覚鑁は「内観の聖人」と呼ばれ、瞑想の効果が外に現れたと伝えられる。水について瞑想すれば部屋中に水が満ちあふれ、火について瞑想すれば部屋が火に覆われたという。まだ高野山にいたころ、覚鑁は堂に籠って無言の行を修していたが、策謀を疑った反覚鑁の暴徒が堂を襲った。扉を破ると室内に覚鑁の姿はなく、同じ姿の不動明王像が二体あるだけで、暴徒が片方の膝を弓矢で突き刺すと、その傷から真っ赤な血が流れ出た。本物の不動が覚鑁の身代りに血を流したのだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
呪術と占いの日本史(渋谷申博・瓜生中・呪術・占い史・現代(解説))
渋谷申博・瓜生中『呪術と占いの日本史―歴史を動かし庶民が信じた知られざる闇の系譜』。古代から近世まで、日本史を動かした呪術・占い・呪詛・怨霊を時代別に解説する。第一章(古代)では屈葬・土偶の人形呪術・鳥信仰、卑弥呼の鬼道、大国主尊伝説、トコヒの呪いと盟神探湯(ウケヒの審判)、妖怪にされた土蜘蛛、景戒の夢占い、人柱伝説、橘奈良麿の僧人形・子狐串刺しの呪詛、童謡の予言、道鏡と宇佐神宮の託宣、怨霊の祟りと遷都を扱う。