大本施設の徹底破壊とダイナマイト爆破
どんな伝承か
昭和十一年三月十三日、王仁三郎以下教団幹部六十一名が治安維持法と不敬罪で起訴された。同時に内務省は大本関連八団体に結社禁止命令を出し、裁判も待たずに全施設の徹底的な破壊を強行させた。神苑は坪わずか二十銭で強制売却され、いっさいの神殿が破壊された。教典類や書画、蔵書八万四千冊のすべてが焼却され、その火は一か月もくすぶり続けた。石材と鉄筋コンクリートで固めた要塞のような月宮殿は、三週間かけてダイナマイト千五百本を使ってようやく爆破された。各地の歌碑四十三基も逐一爆破し、開祖ナオの墓を暴いて共同墓地に移し、柩の腹部あたりに木の墓標を立てたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎の霊界からの警告――発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相(武田崇元・武田崇元・大本研究・現代(著述))
武田崇元『出口王仁三郎の霊界からの警告―発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相』。大本の聖師・出口王仁三郎の生涯と予言を、霊界のプログラム(型)として読み解く。