狂信信者が王仁三郎の原稿を焼く
どんな伝承か
「いろは四十八文字で世を改める」という筆先を妄信する狂信的な役員たちは、漢字が許せぬという理由で王仁三郎の愛読書を引き裂き、書きためた原稿を明治三十六年と三十八年の二度にわたって焼き捨てた。「神」「艮」の字だけは焼けば罰が当たるとして切り抜き、蜜柑箱一杯になったという。王仁三郎は執筆の際にスミを見張りに立たせねばならぬ有様であった。閉塞に耐えかねた王仁三郎は明治三十九年に綾部を離れ、御嶽教で頭角を現すが、やがて御嶽教管長・神宮暠寿の口を借りた神の言葉により、綾部へと呼び戻される。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎の霊界からの警告――発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相(武田崇元・武田崇元・大本研究・現代(著述))
武田崇元『出口王仁三郎の霊界からの警告―発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相』。大本の聖師・出口王仁三郎の生涯と予言を、霊界のプログラム(型)として読み解く。