大久保のジンブ講と遙拝所の碑
どんな伝承か
ジンブ講は伊勢参りの代わりに、天照皇太神宮の軸を掛けて拝もうという講である。明治十一年ごろ、大久保の小林勝次郎を中心に七人の有志が伊勢皇太神宮を祀る講を起こしたのが始まりだという。はじめは細々と神宮を祀り、月々に炒り豆を持ち寄って勤めをし、そのあと直会をした。やがて信心する者が増えて遙拝所が建ち、本殿と拝殿もできた。大久保の陣屋跡には、講の十周年を記念して明治二十一年に建てられた皇太神宮遙拝所の碑があり、県知事永山盛輝の筆による。石を運ぶために集まった人は六百人ほど、大洲や枇杷島、比角、柏崎と全域に及んだ。昭和三十五年に遙拝所は廃され、分霊は大久保の諏訪神社へ合祀された。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
柏崎市史資料集 民俗篇(柏崎の民俗)――信仰と俗信(柏崎市(編)・柏崎市史・自治体史(民俗))
新潟県柏崎市の信仰と俗信を網羅する。