蛻菴狐、鳥銃に射殺される
どんな伝承か
『提醒紀談』に伝わる話。蛻菴という狐は、初めは飛騨国の参議・秀綱に仕えていたが、秀綱が滅んだのち信濃国の諏訪へ移り、千野兵庫に仕えるようになった。ある時、うたた寝をしているところを人に本体(狐の姿)を見られてしまい、兵庫が引き止めるのも聞かずに去っていった。その後は興福寺という寺に入り、副主の役目まで務めたという。あるとき師の用向きで飛騨の安国寺へ使いに出た道中、日和田村のある家に宿を取った。その家の主人は名人国友の作った不思議な鳥銃を持っており、これで狙って見ると妖魔は正体を現すといわれていた。囲炉裏端で何気なく座っていた蛻菴を、主人がその銃で狙い撃つと、果たして老狐の姿であったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
動物妖怪譚(日野巌・日野巌・動物妖怪譚・大正・昭和初期)
博物学者・日野巌の古典的妖怪研究『動物妖怪譚』の前半(總論〜多爾具久)。