利仁将軍が狐を使者に立てる
どんな伝承か
今昔物語の利仁将軍の話。将軍が京都から賓客を連れて敦賀の本宅へ帰る折、近江の坂本の浜で野狐を捕らえ、命を取らぬ代わりに敦賀の館へ使者となれ、明日の午前十時頃までに高島あたりへ迎えの者二、三十名と乗馬二匹を差し向けよと伝えよと言って放した。翌日、予定通り高島へ差しかかると、家臣数十名が乗馬二匹と食物を調えて迎えに出ていた。訊ねると、前夜八時頃に将軍の夫人が俄かに怪しくなり、吾は狐であるが今日三津の浜で将軍から此の館へ使いを命じられた、実行せねば我が命を取られる、必ず頼むと告げて元の通りになったので派遣されたのだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
動物界霊異誌(岡田建文・岡田建文・心霊研究・昭和初期(1927))
心霊研究家・岡田建文が昭和二年(一九二七)に著した『動物界霊異誌』。現代物理は宇宙の大物理の末梢に過ぎぬとの立場から、動物の霊異を迷信的虚妄として退けず証明すべき事例として収集する。蝦蟇(ヒキガエル)の章では、蛇を埋めてクリ茸を生やし食う怪(島根波根東村)、背に五寸釘を刺され口から怪光を吐く大蝦蟇(会津若松龍田屋、同時に幼児が高熱)、猫を灰色の液汁に溶かす怪(石見久利村)、慶応二年に浄土寺へ夜ごと現れた武士の正体が蝦蟇だった話を収める。