下女の首
どんな伝承か
越前国敦賀の原仁右衛門が数ヶ月間京へ上り家を留守にしていた寛政元年(1789年)十月のこと、妻の千代は二歳の子・岩助と下婢の三人暮らしの寂しさから新たに下女を雇い入れた。ある夜更け、下女の部屋からうめき声がするので千代が行灯を持って様子を見に行くと、屏風の下でその下女の首だけが引っ詰め髪のまま一、二尺ずつ登っては落ちを繰り返していた。千代は腰を抜かすほど驚き、翌朝ひそかに下女に暇を出したが、この話を伝え聞いた医者の橘春暉は、轆轤首の正体は妖怪ではなく痰の強い者に起こる離魂病のような病気ではないかと考察している。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の妖怪(早川純夫・早川純夫・妖怪史・昭和)
早川純夫『日本の妖怪』。神話時代から江戸まで、日本の妖怪と妖異を歴史の流れに沿って描く。